子供を持つお母さんなら誰しも、子供への叱り方で悩んだ経験があるのでは?と思います。
「子育てとは、自分育てである」と言った人がいるように、正しく叱るというのは簡単なことはありません。
今回の記事は、私が子供への叱り方に悩んでいたときに、偶然テレビで見て共感した「叱り方の心得」をご紹介したいと思います。
私は、この4つの心得を、子供を叱るときの『バイブル』にしています。
ご紹介していきます。
子供の上手な叱り方を教えてくれる故平尾誠二選手の名言
元日本代表ラグビー選手 平尾誠二さんの「人を叱るときの4つの心得」をご紹介します。
平尾誠二さんの「人を叱るときの4つの心得」
●プレーは叱っても人格は責めないこと
●あとで必ずフォローすること
●他人と比較しないこと
●長時間叱らないこと
「人を叱るときの4つの心得」とは
元日本代表ラグビー選手としての平尾誠二さんがリーダーとして後輩選手を指導するときに、ご自身に対して、肝に銘じていたことです。
平尾誠二さんは、2016年秋に病気療養中の中、残念ながら53才の若さで亡くなられました。
後に、平尾誠二さんを偲ぶ会「感謝の集い」が神戸市で行われました。
平尾さんと同学年で大親友でもあった、ノーベル賞受賞者のIPS細胞を発見した京都大学の山中伸弥教授が、平尾さんの「感謝の集い」で弔辞を述べられたシーンを、私はたまたまテレビで見ました。
山中教授は平尾さんの病気が判明したとき、「何故、平尾なんだ!!」と悔しくて悔しくて号泣した」と語っていました。それほど、山中教授にとって、大・大好きな親友だったのです。
平尾さんが現役プレーヤーだったときに、二人で飲みに行ったときの話になりました。
平尾さんが「自分が後輩を叱るときに気をつけていることがある」と山中教授に話したそうです。
それは、『プレーは叱っても決して人格は責めない。そして、あとで必ずフォローすること。決して、他人と比較しないこと。そして長時間続けて叱らないこと。』でした。
山中教授は、自分がよく人を叱るときは、ねちねち、ぐぢぐち怒っていたなぁと思い、指導者としての自分を恥じたと言っていました。
私は、子供を叱るときは、この4つの心得を念頭に入れて、感情的にならないようにしてます。
叱るとき、どう子供と向き合い接するべきなのか?
子どもとどう向き合うのかというのは、難しく考える必要はありません。
叱るときも一緒です。
子どもに愛をもって叱る、それだけです。
これは何も子供だけではありません。
老若男女問わず誰であれ、人というものは人に受け入れてもらいたいものです。
人間は愛されることから、生きる喜びを感じ始めます。
どんなにお金があっても、健康であっても、人から愛されない人生ほど、むなしいものはありません。
自分が、自分の親にありのまま受け入れられているという経験をした子供は、必ずいつの日か人を信じられるようになります。
人の中で、社会の中で、健全に生きていくことが出来るようになります。
どんなときも、子供を愛すること、ただそれだけだと思います。
私の娘が幼稚園児だったときに、育児についての講演会を聴きに行ったことがあります。
それは日本でとても有名な佐々木正美さんという児童精神科医の講演会でした。
佐々木医師は、「ありのままの子供」をそのまま受け入れることが大切だと話していました。
育児でたいせつな待つという気持ち
教育とか育てるということは、私は待つことだと思うのです。
「ゆっくり待っていてあげるから、心配しなくていいよ」というメッセージを、相手にどう伝えてあげるかです。子供にかぎらず人間というのは、かならずよくなる方向に自然に向いているわけです。
~中略~
親は大きくなってからでも、子供を受容してあげればいいのです。小学生になろうと、中学生になろうと、その意味は大きいのです。必要なだけ十分受け入れてあげるべきだと思います。
引用元 : 子供へのまなざし(福音館書店) 児童精神科医 佐々木正美 著
平尾さんの言葉をどう自分の子育てに生かすのか?
叱られるという経験は、決して気持ちの良いものではありません。
でも、自分のことを想って叱ってくれていると子供に伝わっていれば、その子は大きく成長できます。
平尾さんの「人を叱るときの4つの心得」は、子供の自尊心を尊重し、その子を愛しているからこそ出来る叱り方なのです。
だからこそ叱られた人は「平尾さんにアドバイスしてもらったように頑張ってみよう」という意欲が湧いてくるのだと思います。
親である私たちも同じです。
子どもを叱るときには、あなたが大切だから叱るのよという姿勢と、子どもの人格を否定するようなものの言い方は、絶対にしないようにしなければいけません。
子どもにとってのいいしつけ
しつけというのは、子供の自尊心を傷つけるようなやり方でしようとしては、ぜったいにいけないのです。それはしつけなんかではないのです。
半逆心、敵意、憎しみ、そういう感情を内在化させるだけです。
大人と子供なのですから、対等じゃないのですから。
子どもがいい子でいてくれたら、こちらもいうことを聞いてあげるなんていうのでは、これは大人と子どもの関係ではありませんね。
~中略~
子どもは、自分がたいせつにされていることを十分実感できなければ、意欲的にはなれないのです。
引用元 : 子供へのまなざし(福音館書店) 児童精神科医 佐々木正美 著
子供に対して自分の心をどうコントロールするのか
私は感情のままに怒ったことが多々あります。
駄目ママです。そしていつも、その後に反省・・・というパターンです。
子供の行動にイライラして言わなくてもいいことまで持ち出して、グチグチ怒ってしまいます。
たとえば、こんなふうです。
私(母) 「さっきから何回も夕飯出来たよって呼んでるでしょ。早くリビングに来てご飯食べなさいよ」
中3の娘「うるさいなあ。いま、社会の問題集がもう少しで終わるから、それから行こうと思っていただけ」
私(母)「こっちはご飯作って呼んでいるのだから! 早く来なさい!」
中3の娘「だから、ちょっと待ってっていっとるだけでしょ、もう、うるさいなあ。くそババぁ」
私(母)「くそババぁ?はあ?だいたい、あんたはいつも朝も一人で起きたためしがないし起こしてもらえると思って、人に甘えるのもいい加減にしなさい。」
言わなくていいことまで持ち出して怒る。(ただ、感情に任せて・・・)
中3の娘「・・・・・あー、うるさいわ(小さい声で)」
私(母)「それから帰宅したら制服は脱いで着替える。いつまで制服着ているの?? このくらい、誰でもできることやろ!?毎日毎日、同じことしか言ってないでしょう。あほか!(怒)」
人格否定。長時間怒る。他人と比較。そして、暴言まで放つ。(ただ、感情に任せて・・・)
こうして書いてみると、「私は、なんて嫌な怒り方をする親なんだろう」と思います。汗
でも、どのように自分の感情をコントロールすればいいのでしょか?
こんな方法があります。
「アンガーマネージメント」で感情コントロールしよう
ついつい感情のままに怒ってしまうというのは、人間なら誰でもあり得ます。
そんなときに、ちょっと頭の隅に入れておいてほしい有効な方法があります。
「アンガーマネージメント」という怒りを自己マネージメントする手法です。
アンガーマネージメントには、3つのテクニックがあります。
自分自身の衝動、思考、行動の3つをコントロールすることです。
人間はイラっとしたとき、脳内物質のアドレナリンが急激に出ます。
アドレナリンが多く出ている時間は最初の6秒間と言われています。
最初の6秒間さえ耐えることが出来たら、怒りに任せて怒鳴ることの頻度は格段に減ります。
自分と人とは、それが自分の子供であろうとも、別の人間です。
価値観は人によって異なるものです。
「こうあるべきだ」という概念は、そもそも人によって違います。
正すべきものであるかどうかを、もう一度再考してみましょう。
何故、怒りを感じてしまうのか?
それは、本当に必要な感情なのか?
自分の持つ価値観から怒りが生まれているので、その価値観が何かをもう一度見つめ直して、怒りの感情をコントロールする道を探していきましょう。
まずはイラっとした瞬間、ふぅーと大きく深呼吸をしましょう。
子供が目の前にいたら、一旦後ろを向きましょう。
そして、1、2、3、4、5、6と数えているうちに怒りが収っていくことを感じられます♪
感情的になって良いことは何もありません。
言わなくていいことまで言ってしまいます。
なるべく、叱らずに子供が自分で考えるように仕向けていけたら、それに越したことはありません。
まとめ
平尾誠二さんの「人を叱るときの4つの心得」をもう一度、確認してみましょう。
「人を叱るときの4つの心得」
●プレーは叱っても人格は責めないこと
●あとで必ずフォローすること
●他人と比較しないこと
●長時間叱らないこと
むやみやたらに叱っても、子どもは聞き入れません。
なるべく、叱らずに子供が自分で考えるように仕向けていけたら、それに越したことはありません。
それでも叱らなければならないときには、子どもに愛をもって叱る、それだけです。
そして感情のまま怒ってしまわないように、アンガーマネージメントも習得しましょう。
衝動、思考、行動を自己管理することで、怒りを鎮められるようになりますよ♪
アンガーマネージメント
■衝動のコントロール
イラっとしたときはアドレナリンが多く出ています。まずは、最初の6秒間を耐えてみましょう。
■思考のコントロール
自分と人とは、価値観は異なるものであることを認識し、人と接することです。
■行動のコントロール
何に怒りを感じるのか、どうしたら怒りが収まるのかなど、自分の行動を振り返ってみましょう。
こういうものだと妥協したり、ありのままを受け入れることも必要かもしれません。